【プライバシー侵害:市職員Aが、Xの戸籍原簿等の記載事項を見て、自宅に帰り、その内容をXの先妻に告げた事件】

損害賠償請求事件

京都地方裁判所平成20年3月25日判決

(最高裁HP、判例検索)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/295/036295_hanrei.pdf

1 ポイントは何か?

⑴ Y市の責任と、Aの責任。

⑵ Aの行為と、Xの損害および額の、相当因果関係。

2 何があったか?

Y市D区役所の区民部市民窓口課に勤務中のAが、平成17年8月3日、Xの戸籍原簿等に、Cとの結婚の記載があることを知り、帰宅後、同じ団地に住むXの先妻Bに電話で告げた。

Xは、Bとの離婚後も、Bや子どもら2名との交流を心の支えにしていたが、Aの本件漏洩により、Bと絶縁状態となり、精神的に非常に不安定な状態となって、平成17年、勤務先から解雇され、その後も通院し投薬治療を続けていた。

Xは、平成18年12月10日ないし14日ころ、Y市に、Aの本件漏洩について、苦情を申し入れた。

Y市は、平成18年12月21日、Aを諭旨免職とした。

E簡易裁判所は、平成19年8月21日、Aに対し、地方公務員法違反により、罰金3万円の略式命令を下した。

Xは、Y市及びAを被告として、京都地裁に損害賠償請求事件を申立てた。

Xは、本件漏洩により、Y市に対しては、国家賠償法1条1項に基づき、Aに対しては不法行為に基づき、連帯して損害賠償金300万円及びこれに対する平成17年8月3日から支払い済までの遅延損害金年5%(民法の、平成29年5月改正、令和2年4月1日施行以前の規定による。)の支払を求めた。

3 裁判所は何を認めたか?

裁判所は、XのY市に対する請求は棄却し、Aに対する請求の内金5万円の請求を認めた。

⑴XのY市に対する請求については、

Xは、国家賠償法1条1項の「職務執行要件」とは、厳密には「職務執行行為」に当たらなくても、「公務と一定の関連性がある行為」を含み、いわゆる事実的不法行為のばあいは、必ずしも外形的に職務執行行為である必要はないと主張したが、

しかし、裁判所は、「外形的に職務執行行為にあたる」ことが必要とし、「職務執行行為と一体不可分の行為」のほか、「職務執行行為を契機として、社会常識上これと密接な関連を有すると認められる行為」を含むとしたが、本件漏洩は、場所的・時間的に、職務執行行為と社会常識上密接な関連を有するとは認められないとした。

また、Xは、被告Aは、職務においてXのプライバシー にかかる事項を知った点を強調した。

しかし、裁判所は、公務員が違法な行為をなすに至った動機やその原因となった背景事情が職務を契機とするものではなく、単に、職務における情報を利用したというにとどまる場合には,それはまさ に行為者と被害者の間の個人的紛争にすぎず、その間で解決されるべき法律関係といえるとした。

⑵XのAに対する請求については、プライバシー侵害そのものにかかる精神的苦痛についての慰謝料として金5万円の請求を認めた。その他の損害については、相当因果関係のある損害とは認めなかった。

4 コメント

XとAとの間の、個人的紛争に過ぎないものについて、Y市が巻き込まれたか否かはひとまず置いておくとして、国家賠償法の職務執行要件を拡張しようとするXの主張には、説得力を感じさせられる。しかし、法律の規定が、「公務員が、職務を行うについて」と限定的であり、この点についての最高裁判例も固まっているようである(国家賠償法に関する昭和31年11月30日判決・民集10巻11号、民法715条に関する昭和44年11月18日判決・民集23巻11号、昭和46年6月22日判決・民集25巻4号、昭和48年2月16日判決・民集27巻1号)。

しかし、Aが地方公務員法違反の刑事責任には該当しているのに、国家賠償法の職務執行要件には該当せず、Y市は権力行使上のリスクを負わないというのは、やや釈然としない。Xが、Yの権力行使上のリスクだけでなく、Y市の監督責任を問題にしていたらどうだったろうか。