損害賠償請求事件
奈良地裁 平成19年2月28日判決(原告敗訴)
(裁判所HP裁判例検索)
1 当事者、関係者
(裁判当事者)
原告X I町の町民・町会議員
被告Y 町長B I町の執行機関・町長(昭和60年~本件裁判当時)、(個人としてのBと区別するため、{Y}という。)
被告補助参加人 個人D ((平成13年3月20日から平成16年3月31日の間、Z自治会の会長)
被告補助参加人 Z自治会(I町の中の地域の自治会。同地域内でマンション建設が急ピッチで進み、自治会の会員数が急激に増加した。)
(本件訴訟は、原告が被告に対し、被告から第三者に対し損害賠償請求等をするよう求める裁判であるが、誰に対して請求することを求めているか)
個人B I町の町長であるが、I町の執行機関・町長であるBと区別するため、「個人B」ないし単に「B」などという。)
個人D (前記)
Z自治会 (前記)
(被告の補助参加人)
個人D
Z自治会
(関係者)
I町 斑鳩町
T会社 マンションを建設する株式会社地産
I公社 斑鳩町土地開発公社(理事長はB)
E Z自治会の元会長(平成9年ころ)
N会社 建設請負会社
2 ポイントは何か?
⑴ 自治会の実体
⑵ 地縁による団体
⑶ 町の財産
⑷ 金の流れ
3 何があったか?
(I町地域集会所施設整備費補助金交付要綱)
I町地域集会所施設整備費補助金交付要綱では、土地の購入及び新築についての補助金は、それぞれ価格の2分の1以内で1500万円を限度とすると定められていたところ、
(Z自治会区域内のマンション建設と集会所計画)
- 平成6年から平成11年にかけて、T会社が、Dの区域内にマンション4棟を建設し、T会社からI町に、施設協力金第1期ないし第3期分合計金6700万円を寄付。I町は、一般会計ではなく、I町公共施設整備基金に入金。
- 平成9年ころ、Eが、Z自治会に大きな集会所(Z自治会集会所)建設を計画。
- 平成10年ころ、Tが、I町に、施設協力金第4期分1440万円を寄付。
- 平成10年10月31日、Eが、Yに対し、Z自治会集会所に係る土地の購入及び新築工事について、公民館等施設整備計画書を提出。
(I公社による都市計画道路用代替地の取得と集会所への転用)
- 平成11年ころ、I公社は、都市計画道路の代替用地として、土地を取得。
- 平成11年6月2日、I町の町議会開催。T会社の第4期寄付金1440万円を都市計画費寄附金として一般会計の歳入予算に計上し、歳出予算には、同額の公有財産購入費として計上。
- 平成12年2月7日、T公社の理事会開催。T公社理事会は、I町が、T公社から都市計画道路代替用地のうち60坪を1440万円で買い取ることを承認。EとBとの間では、I町からZ自治会ないしEが、同土地の無償譲渡を受けることが合意されていたようである。
- 平成12年2月7日から3月28日の間において、Eは、Bに対し、無症状としてもらう土地を75坪にしてもらいたいと要望。
- 平成12年3月28日、I公社は、Yとの間で、75坪を1440万円で売ることを決定。I公社とI町が、土地75坪(以下、「本件土地」という。)の売買契約を締結。
- 平成12年6月5日、I町は、Z自治会ないしEに対し、本件土地の土地使用承諾書を交付。I公社は、Z自治会ないしEに対し、隣接土地(以下、「本件隣接土地」という。)の土地使用承諾書を交付。
(基礎工事着工と中止、地域による団体の認可)
- 平成12年6月5日から平成12年8月6日の間において、Eは、風致地区内行為許可申請及び集会所の建築確認申請を行い、許可された。
- 平成12年8月6日、Eは、Z自治会代表者として、N会社との間で、Z自治会集会所建築請負契約を締結。
- 平成12年8月6日から平成12年9月までの間、N会社は、基礎工事に取り掛かり、完成。
- 平成12年9月8日、I町議会開催。Xが、Bに対し、同基礎工事の根拠を質問。
- 平成12年9月14日、Z自治会がI町に対し、地方自治法260条の2に基づく「地縁による団体」が設立されるまで、同工事を中止するとの届出書を提出。
- 平成12年10月8日、Z自治会においてZ自治会規約の制定、及び、地縁による団体の認可申請をすることを可決。
- 平成12年11月14日、Z自治会有志93名がYに対し、上記自治会決議は無効であり、地縁による団体の認可をしてはならない旨の要望書を提出。
- 平成13年3月20日、Z自治会の定時総会を開催。D会長選出、及び、地縁による団体の認可申請をすることを可決。
- 平成14年10月29日、Z自治会は、Yに対し、集会所施設整備計画書を提出。
- 平成15年7月15日、Dが、Yに対し、地縁による団体の認可を申請。
- 平成15年7月30日、Bが、I町の町長として、認可。
(普通財産の無償譲与、補助金2口申請)
- 平成15年8月26日、Z自治会は、Yに対し、本件土地の普通財産譲与申請書、及び、I町地域集会所施設整備費補助金391万3000円の交付申請書を提出。
- 平成15年9月2日、Yは、I町議会において、議案提出。提案説明。総括質疑のうえ、総務常任委員会に付託。
- 平成15年9月18日、同委員会で質疑のうえ、可決承認。
- 平成15年9月25日、I町議会において討論を経て、可決承認。Yは、Z自治会に対し、補助金391万3000円交付内定を通知。
- 平成15年9月26日、Bは、I町の町長として、Z自治会と、本件土地を無償譲渡する契約を締結。Z自治会は、I公社と、本件隣接土地を782万6615円で買う売買契約を締結。
- 平成15年12月3日、Z自治会は、Yに対し、本件隣接土地購入の完了届、及び、補助金事業実績報告書を提出。
- 平成15年12月8日、Yは、Z自治会に対し、補助金391万3000円交付確定を通知。
- 平成15年12月9日、Z自治会は、Yに対し、I町地域集会所施設整備費補助金391万3000円の交付請求書を提出。
- 平成15年12月10日、Z自治会は、Yに対し、I町地域集会所施設整備費補助金1500万円の交付申請書を提出。
- 平成15年12月12日、Yは、Z自治会に対し、補助金1500万円交付内定を通知。
(建設工事)
- 平成15年12月15日、Z自治会は、Yに対し、本件集会所新築工事着工届を提出。
- 平成15年12月25日、Bは、I町長として、Z自治会に対し、補助金391万3000円を交付。
- 平成16年3月30日、Z自治会は、Yに対し、本件集会所新築工事完了届を提出。
- 平成16年3月31日、Yは、Z自治会に対し、補助金1500万円交付確定を通知。Z自治会は、Yに対し、補助金1500万円の交付請求書を提出。
- 平成16年4月26日、Bは、I町長として、Z自治会ないしDに対し、補助金1500万円を交付。
(監査請求、訴えの提起)
- 平成16年3月19日、22日、Xは、I町監査委員に対し監査請求。
- 平成16年5月14日、同監査請求棄却。
- 平成16年6月13日、Xが、奈良地裁に、本件訴えを提起。
4 裁判所は何を認めたか?
Xが提起した訴えの内容は、①YがB及びDに対し、3694万6899円の不法行為損害賠償請求をせよというものであり、②予備的にYが、Z自治会に対し、同額の不当利得返還請求をせよと言うものである。
3694万6899円は、本件土地の価額と2口の補助金の合計額である。B及びDは不法行為により、I町に同額の損害を与えたので、損害賠償義務を負担し、Z自治会には、このような利得を受ける法律上の原因がないという主張であった。
不法行為の根拠は、Z自治会に権利能力なき社団としての実体がなく、地縁による団体としての認可は違法であること、本件要綱の逸脱、土地の無償譲渡の前例がないこと、他の自治会との平等原則違反等であった。
しかし、Xの請求は認められなかった。
Xは、控訴し、大阪高裁では一部認容されているが、最高裁判所で再度逆転し、奈良地裁の本件判決が最終的に支持されている。
5 コメント
本件は、マンションの急ピッチの建築により、I町の特定の地域の自治会の会員数が急拡大し、自治会の活動を支える集会所建設を巡ってどのような紛争が起こったかという事例である。
地方自治法260条の2以下で、市町村長が、自治会などについて地縁による団体と認定した場合は、一種の法人となる。これは、自治会による地域活動を強化するための制度といえる。
しかし、自治会の活動が強化されると、新しい紛争も発生する。それは、ある程度やむをえないことであり、紛争が生ずることが直ちに悪ではない。
時代の背景として、地域の安定や活性化のための、自治会の役割の強化の要請がある。
一例をあげれば、最近の、少子高齢化に伴う独居老人や空き家の増加は、地域の助け合いがなければ解決することが難しい。オレオレ詐欺や、闇バイト強盗集団による事件なども、地域社会の弱体化に付け込んだものともいえる。
本件のような事例を検討して、これからの自治会の在り方を考える材料にされたら良いと思う。