映画上映禁止及び損害賠償請求事件
東京地方裁判所令和4年1月27日判決
(最高裁HP、裁判例検索)
1 ポイントは何か?
- 博士課程の卒業制作映画の製作のための取材を受けた人たちの肖像権、名誉権、著作者人格権、みなし著作者人格権、パブリシティ権等の保護はされているか。
- 博士課程の卒業制作映画の製作は、公開を前提としないものであるか。
- 取材を承諾した人々が、取材前に映画の公開に同意する書類に署名捺印していた場合に、その同意は、その映画の再編集や一般公開についても及ぶか。
なお、本件裁判となった公開映画は、ドキュメンタリー映画「主戦場」である。
2 何があったか?
大学の博士課程に在学するFは、歴史的、社会的、政治的に様々な言説が存在する問題を究明する映画を、大学の博士課程の卒業論文に代わるものとして制作するために、さまざまな有識者に取材を申入れ、公開を許諾する同意書も取って取材し、取材した映像を映画の製作に利用した。その後、Fは、同映画を一般公開用に再編集して映画祭に出品したり、合同会社Gを通じて、公開上映した。ところが、Fの取材を受けた有識者のうち、AないしEが、F及びGに対し、同映画の公開上映は、同人らに対する取材の目的に反しており、同人らの著作権、名誉権等を侵害するとして、同映画の上映を停止するよう申し入れた。しかし、F及びGは、これに応じなかった。
そこで、AないしEが、FおよびGに対し、同映画の上映を差止め、損害賠償を請求する等の裁判を提起した。
3 裁判所は、何を認めたか?
AないしEが敗訴した。
裁判所は、AないしEの肖像権、名誉権、著作者人格権、みなし著作者人格権、パブリシティ権等を侵害する事実は認められないと判断した。
4 コメント
同映画は、戦前の日本軍の慰安婦問題等を取り上げた映画であり、これには、歴史的、社会的、政治的に、意見の深い対立がある。このような問題の取り扱い方には、十分な注意が必要であり、AないしEの意見が、Fが制作し、Gが配給した映画の中で、正しく引用されているか否かだけではなく、その引用の仕方が、一般社会に誤解を与えないかどうかということも問題になる。
その基準となるのは、一般的な視聴者の普通の注意と視聴の仕方である。
しかし、裁判所の判断は、歴史的、社会的、政治的に意見の対立のある問題についての真実の究明とは無関係であり、法律の適用において、Fの表現の自由の保障とともに、AないしEの著作権、肖像権、著作者人格権、みなし著作者人格権、パブリシティ権等の保護について、公正な立場で、判断が下されるべきものである。
裁判所は、そのために、まず法的判断を下す争点を、非常に細かく整理している。そして、映画の製作、取材、公開等において、どのような経緯が存在するかを具体的に認定し、映画製作者の表現の自由を保障しつつ、取材を受けた人々の権利が十分に守られているか否かについて判断を下している。
この判決を読むと、特定の表現活動のために取材する者の取材することの困難さ、また逆に、それに応じて取材を受ける者の取材に応じることの困難さについて、深く考えさせられる。
なお、裁判を離れての感想をいうと、この映画は、見る人によって、取材が公正に行われたかどうかについては、評価が分かれるであろうが、なかなか興味を持てそうである。