【入会地所有権:入会集団の役員会の総意で、入会権を消滅させ、入会地を、原子力発電所用地として、県の別の土地との交換契約に応じた事例】

所有権移転登記抹消登記手続等、入会権確認請求事件
最高裁判所第一小法廷 平成20年4月14日判決

上告棄却  広島高等裁判所

(裁判所HP裁判例検索)

036285_hanrei.pdf (courts.go.jp)

1 ポイントは何か?

⑴ 「権利能力なき社団」

⑵ 共有の性質を有する入会権(民法263条)

⑶ 入会権の性質の変更

⑷ 消滅時効

⑸ 慣習の成立

⑹ 規約の制定

⑺ 入会権と入会地の処分

2 何があったか?

⑴ Y1県A村(明治22年2月発足)に属するB島のG部落には、古くから世帯主全員を構成員とする「G組」という入会集団が存在していた。「G組」は、「権利能力なき社団」である。法人ではないから、権利主体にはなれない。

⑵ 本件土地1ないし4の登記簿表題部所有者欄には、いずれも「G組」と記載され、G組が管理する入会地としてG部落の世帯主全員の総有に属し、かつ、各世帯主の入会権は共有の性質を有する入会権(民法263条)であった(※1)。

(※1)所有権は、消滅時効にはかからない(民法166条2項)。

⑶ A村の村会が、明治24年10月に議決した区会条例により、「G区」が設けられたが、同条例につき内務大臣の許可が得られず、G区は、財産区(※2)とはされなかった。

(※2)人口1万人未満の町村においては、条例 に関する町村議会の議決は、内務大臣の許可を得ることが必要(町村制)。

(「自治体の立法権に関する規律」法制比較(素案)3頁)

https://www.toshi.or.jp/app-def/wp/wp-content/uploads/2013/09/100714_5_8.pdf

財産区は法人であるから、村条例が内務大臣に認可され、財産区となっていれば、所有権の名義人となることもできたが、そうなれなかった。

では、「G区」は、「権利能力なき社団」としては成立したのか否か。内務大臣の認可が得られなかった以上、「G区」そのものが成立していないとも考えられる。「G区」が成立した事実はなく、「G組」が「G区」と名称を変えただけではないかということが、最高裁の少数意見で問題となった。

以下の、「G区」の活動は、その様な問題があることを注意してみていく必要がある。

⑷ 「G区」は、「G組」名義の固定資産を管理し、固定資産税も、「G区」が納付してきた。

⑸ 本件土地1ないし3は、昭和30年代ころまでは、G部落民がそこで海産加工品の生産や、家庭用燃料等に利用するための薪炭用雑木を採取するなどの、入会地として利用されていた。

⑹ 本件土地4はその所在が明らかでない。

⑺ A村は、昭和33年2月に、A町となった。

⑻ 昭和40年代以降は、本件土地1ないし3は、徐々に入会地として利用されなくなり、遅くとも昭和50年頃には使用収益する者はいなくなった。

⑼ G区は、昭和44年頃、表題部に「G組」と記載された別の土地をY1県に売却した。

⑽ G区は、平成8年2月、G区役員会の決議に基づき、「G組」名義の別の土地を、道路用地としてA町に売却した。

⑾ Y1県は、平成10年9月、A原子力発電所建設用地の取得を始め、本件土地1ないし4もその対象となった。

⑿ Y2は、G区代表者区長として、平成10年11月30日付けにて、それまでのG区の運営に係る慣行を明文化したものとして、G区規約を作成した。G部落の構成員の総有財産の処分について、その当時、G区の役員会の全員一致の決議による旨の慣行があったとして(※3)、G区規約には、G区の役員の総意により決する旨記載された。

(※3)高裁及び最高裁の多数意見は、⑼・⑽に記載の別の土地の売却を間接事実として、このような慣行を推定した。しかし、最高裁の少数意見は、このような認定は、経験則に反しているとする。

⒀ G区は、役員全員の一致の決議により、本件土地1ないし4を、何らの権利の負担のないものとして、Y1県の山林と交換することを決定した。

⒁ Y2は、G区の代表者区長として、Y1と、本件交換契約を締結した(※4)。

(※4)本件土地1ないし4について、G部落の世帯主全員の総有に属する入会権を放棄し、土地所有権をG部落の世帯主全員からY1県に、他の土地との交換で譲渡した。

⒂ Y1地方法務局H出張所において、本件土地1ないし4の登記の表題部の「G組」の記載を所有者錯誤で抹消し、新たにY2の住所氏名を記載する登記がされた。同日、Y2によって所有権保存登記がされ、Y2からY1への、同月12日交換を原因とする所有権移転登記手続がされた(※5)。

(※5)総有に属する土地の譲渡の場合に認められている登記手続である。

⒃ G部落の世帯主であるXらが、「G区」代表者区長Y2からY1県への本件土地1ないし4の所有権移転登記手続の抹消とXらの入会権の確認を求めて本件訴を提起した。

3 裁判所は何を認めたか?

⑴ G部落の「G組」の団体性及び入会権の帰属

高裁、最高裁とも、G部落の世帯主全員で構成する入会集団「G組」は、「権利能力なき社団」であり、入会権は世帯主全員の総有に帰属していたと認めた。

⑵ 世帯主の入会権の性質

高裁、最高裁とも、「G区」成立までは、G部落の世帯主は、共有の性質を有する入会権を有していたことを認めた。

⑶ A村の区会条例の制定により、「G区」が成立してから、入会権はどうなったか。

高裁は、「G区」の成立によって、本件土地1ないし4を所有し、管理処分する権限がG区に属することとなり、世帯主の入会権は、共有の性質を失い、他人の所有に属する土地を目的とするものになったと判断した。

最高裁の多数意見は、「G区」も「権利能力なき社団」であるから、入会権が世帯主全員の総有に属し、世帯主の入会権が、共有の性質を有する入会権であることは、「G区」の成立の前後において変わらないと判断した。

最高裁の少数意見は、「G区」の成立自体に疑問を呈しているので、「G組」が「G区」に名前を買えただけかも知れず、共有の性質を有する入会権であることは、何ら変わらないということになる。

⑷ 世帯主の入会権の時効消滅

高裁は、共有の性質を有しない入会権は消滅時効の法理に服することになり、消滅時効の援用によって消滅したと判断した。

最高裁は、共有の性質を有する入会権のままであるから、消滅時効の法理の適用は、前提を欠くとした

⑸ 「G区」役員会の全員一致の慣行

高裁及び最高裁の多数意見は、「G部落においては、世帯主全員の総有に属する土地等の処分について、「G区」の役員会の全員一致の決議に委ねる旨の慣行があった」とし、このような慣習が成立したことを認めた。

最高裁の少数意見は、このような認定は経験則に反しているので、原判決を破棄し、差し戻すべきであるとした。その理由は、「G組」が「G区」と称されるようになっただけという疑いや、以前の別の土地等の売却が、G部落の世帯主全員の総会に諮ることなく行われたということが積極的に認定されているわけでもないので、これらを間接事実として重要視することはできないというものである。

⑹ 「G区」代表者区長が、制定した「G区」規約の有効性

高裁及び最高裁の多数意見は、「G区」役員の全員一致によるとの慣行が成立していることを認めているので、それと合致する「G区」規約も当然有効と認めているようである。

最高裁の少数意見では、そのような慣行を認めていないので、無効となろう。

⑺ 「G区」役員会の全員一致で決定に基づく、「G区」代表者区長による入会地の処分(県との土地交換契約の締結)の有効性

高裁及び最高裁の多数意見は、有効。

最高裁の少数意見は、高裁での再審査を求める。

4 コメント

本件判例では、原子力発電所の建設反対運動という新しい問題と、「権利能力なき社団」である入会集団や「入会権」の問題が交錯する。

原子力発電所の建設に反対するという運動目的は、チェルノブイリや福島原発事故の悲惨、広範囲かつ長期間にわたる影響から考えて、崇高であると考える。しかし、40年間、誰も使用収益していなかった「入会権」を守る必要はなかっただろう。そうすると、原子力発電所設置反対運動のために、「入会権」の法理や、裁判所の手続を利用したということになる。このことは、正しかったのだろうか。

 原子力発電所の用地にすることに反対することは納得できるが、「入会権」が歴史的役割を終えている場合に、それ以外の目的に転用するにはどうすればいいのかと考えた場合に、本件判例の最高裁の考え方は、常識的である。最高裁の多数意見には、役割を終えた慣習的権利については、時代の流れによって消滅させていく必要がある場合もあるという考え方がはたらいたのではなかろうか。

最高裁の2裁判官の、少数意見は、最高裁の多数意見の盲点を突いており、貴重である。しかし、高裁に差し戻して、審議を尽くしたとしても、結論は変わらなかったのではないかと思われる。