負担金交付請求事件
名古屋地方裁判所令和4年5月25日判決
(最高裁判所、裁判例検索による。)
原告あいちトリエンナーレ実行委員会、被告名古屋市
1 ポイントは何か?
- 原告は、被告に対し、「あいちトリエンナーレ2019」開催の負担金の残金約3380万円を請求できるか。
- 「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督に負担金詐欺的な行為が認められるか。
- 「あいちトリエンナーレ2019」の企画の一つとして開催された「表現の不自由展・その後」に抗議が殺到したことが、被告の「事情の変更」として、負担金の残額分を取り消す理由となるか。
2 何があったか?
「あいちトリエンナーレ2019」の主催者は愛知県や名古屋市ではなく、「実行委員会」であるが、その企画の一部である「表現の不自由展・その後」の展示物が従軍慰安婦問題、天皇と戦争、植民地支配、憲法9条など政治的内容を含んでおり、開催と同時に、愛知県のみならず、名古屋市にも多くの抗議電話等が殺到した。
名古屋市は、負担金を拠出したにもかかわらず、このような企画に対する意見を述べる機会が与えられず、一般業務に対する多大な侵害を受け、公金支出についての市民の理解も得られないとして、「事情変更」を理由に負担金を減額訂正し、未払残金の支払を拒否した。
これに対し、原告「実行委員会」が名古屋市を被告として負担金請求訴訟を提起した。
3 裁判所は何を認めたか?
原告あいちトリエンナーレ実行委員会が勝訴した。
裁判所は、被告が主張する「事情の変更」を認めなかった。
名古屋市の負担金は、「表現の不自由展・その後」の企画を含むものの、「あいちトリエンナーレ2019」全体のための負担金であること、抗議電話の殺到については、名古屋市もある程度予測して対策を立てることができたことなどが理由とされた。
4 コメント
「事実は小説よりも奇なり」というが、この判決は、小説よりも面白い。
私も、そのころ、たまたま名古屋に行ったことがあり、「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」の企画を見たいと思って、会場をのぞいてみたが、中止になった後だった。そして、会場入り口の、名古屋市長がここに抗議の座り込みをしたという場所を見ただけであった。その後、名古屋市の負担金について、このような訴訟になっていたことは知らず、この判決を読んで初めて知った。大騒ぎはあったが、かえって「あいちトリエンナーレ2019」全体の入場者数と売上はうなぎのぼりに増えた。
これを中小企業の問題としてみると、まず、芸術の問題は難しく、注意しなければならない。しかし、「あいちトリエンナーレ」にかかわった事業者は、企画の斬新さゆえに、かえって誰も損をしなかっただろうと思う。芸術家の世界で、愛知県は、世界的に名を高め、名古屋市は名を落としただろう。
また、名古屋市が、「実行委員会」に、「あいちトリエンナーレ2019」開催前に負担金交付決定通知書を送付したが、その通知書には「負担金の交付決定後、事情の変更により特別の必要が生じたときは負担金の全部又は一部を取り消すことができる」旨の定めがあり、名古屋市は、「表現の不自由展・その後」の企画のために抗議電話の殺到を受けた後で、この定めに基づいて、負担金の一部減額訂正を行ったのである。負担金の交付決定書や契約書などで、このような条項を設ける例は、まだ珍しいと思う。これは債権関係に関わる一般原則としての「事情変更の原則」を意識したものだが、これは戦争、災害、ハイパーインフレーションなどの場合にのみ使える伝家の宝刀であって、むやみに使えるものではない。これから、もし、何らかの契約書に、このような条項がある場合に、どのような意味を持つかについては、考えなければならないだろう。
以上