【国家賠償:刑務所に服役中のナイジェリア人が、運動中にバランスを崩して転倒し、左肘を負傷した事件】

1 ポイントは何か?


  刑事施設の長は、被収容者の健康を保持する義務を負い、被収容者が怪我を負った場合、社会一般の医療水準に基づく適切な医療上の措置を講じなければならない(刑事収容施設法)。本件は、刑務所に服役中のナイジェリア人が、運動中に転倒し、左肘を負傷し、刑務所の医療が不適切であったとして国に対する損害賠償請求訴訟を提起し、請求が認められた事件である。


2 何があったか?


  A刑務所に強盗事件で服役中のナイジェリア人Ⅹが、運動中にバランスを崩して転倒し、左肘を負傷し、左肘関節が脱臼した。治療後の脱臼の残存ないし再脱臼が見逃され、肘関節の運動機能に障害が残った。
  Ⅹから国Yに対し、約4300万円の損害賠償請求訴訟が提起された。
  Ⅹは、主位的に、Yの適切な医療上の措置を講ずる義務は契約責任に準じた信義則上の安全配慮義務違反であると主張し、予備的に、注意義務違反に基づく不法行為責任を主張した。契約責任に準じる信義則上の安全配慮義務違反が認められるとすれば、その責任内容は被害者の個別事情にも対応し、加害者側に厳しいものになると思われるが、注意義務違反に基づく不法行為責任であるとすれば、一般的な基準に従い、加害者側にやや甘くなると言えるのではなかろうか。この両者の具体的な違いは、これからも多くの裁判例に当たって見ないとわからない。
 本件裁判の争点は上記以外にも多岐にわたっている。脱臼の残存又は再脱臼が生じた時期、注意義務違反や因果関係の有無、後遺症等級、逸失利益の基礎収入、消滅時効の起算点などである。 


3 裁判所は何を認めたか?


  Xの勝訴である。
神戸地方裁判所は、YからXに約2800万円を支払うよう命じた。
  しかし、その命令の法的根拠については、同裁判所は、指導的な最高裁判例(平成28年4月21日第1小法廷判決、民集70巻4号1029頁、昭和50年2月25日第3小法廷判決、民集29巻2号143頁)を引用し、刑事施設における受刑者の収容は、契約ないしそれに準じる関係とは言えず、YはXに対して信義則上の安全配慮義務を負うとは言えないとした。そして、注意義務違反の不法行為責任を認めた。
  なお、脱臼の残存又は再脱臼が生じた時期ギプス固定の終了以前と認め、そして刑務所の医師や外部で依託を受けた医師(履行補助者)の注意義務違反や因果関係を認め、後遺症等級は10級、逸失利益の基礎収入は賃金センサスにより、消滅時効の起算点は最高裁判例(平成16年12月24日第2小法廷判決、裁判集民亊215号1109頁、平成14年1月29日第3小法廷判決、民集56巻1号218頁、昭和48年11月16日第2小法廷判決、民集27巻10号1374頁)など引用し、XがC病院で症状固定と診断し作成された診断障害者診断書・意見書を取得した日に後遺障害の具体的内容について認識可能となり、加害者に対する損害賠償請求が可能な程度に損害の発生を知ったと言えるから、同日を消滅時効の起算点とするのが相当と認めた。


4 コメント


  Xは、収容施設管理者の安全配慮義務違反を認める下級審判例もあると主張している。これからも、そういう裁判例も出てきそうだ。 

 

判例

平成25(ワ)611  国家賠償等請求事件
平成29年12月11日  神戸地方裁判所