【消防士が自死し、遺族が公務災害認定を求め、かつ、国家賠償請求訴訟を提起し、同裁判中に、公務災害支部審査会の口頭意見陳述の記録の開示を求めた事件】

文書提出命令申立却下決定に対する抗告事件

仙台高裁令和3年5月31日決定

(判例時報2529号42頁)

1 ポイントは何か?

 ⑴ 公務災害認定

⑵ 非該当認定処分に対する審査請求

⑶ 損害賠償請求訴訟

⑷ 文書提出命令の申立

2 何があったか?

⑴ 地区消防事務組合Yに勤務していた消防士Aが自死した。

亡Aの両親Ⅹ1及びⅩ2が、地方公務員災害補償基金宮城県支部の支部長に、公務災害の認定を求めた。

同支部長は、公務災害非該当の認定処分をした。

⑵ Ⅹ1及びⅩ2は、同支部の支部審査会に、上記非該当の認定処分の取消を求めて審査請求をした。

同支部審査会において、Ⅹ1及びⅩ2は、口頭意見陳述を行った。また、C消防署の亡Aの同僚の消防士Dも参考人として呼び出しを受け、亡Aの勤務状況について陳述し、同支部審査会委員の質疑にも応答した。

また、あらかじめ参与に指名され、地方公共団体の当局側を代表するEと、職員側を代表するFも、意見を述べた。

これらの口頭意見陳述は、文書により記録保存された。

⑶ Ⅹ1及びⅩ2は、Yを被告として、仙台地裁に、国家賠償請求訴訟を提起した。

⑷ Ⅹ1及びⅩ2は、同訴訟中に、同地裁に対する申立てにより、地方公務員災害補償基金に、上記口頭意見陳述の記録文書の写しの送付嘱託を求めたところ、同本部は、マスキングの入った文書のコピーを送付した。

そこで、Ⅹ1及びⅩ2は、同地裁に、同基金に対する上記文書のマスキング部分の提出を求め、文書提出命令の申立てをした。

同本部は、マスキング部分は、ひたすら同本部の利用のためだけの記述であるから、民事訴訟法220条4号ニ(後述)に該当し、開示義務がない旨主張した。

同地裁は、Ⅹ1及びⅩ2の同申立を却下する決定をした。

そこで、Ⅹ1及びⅩ2は、仙台高裁に、文書提出命令申立却下決定に対する抗告事件を申立てた。

3 裁判所は何を認めたか?

 仙台高裁は、仙台地裁の文書提出命令申立の却下決定を取消し、同基金に対して、マスキング部分の提出を命じた。

民事訴訟法220条は、文書の所持者の文書提出義務について定め、同条中4号ニは、「専ら文書の所持者の利用に供する文書」については提出義務がないとしている。

同基金は、本マスキング部分は、同条4号ニに該当する旨主張した。

しかし、仙台高裁は、次のような理由で、その主張を斥けた。

ア 参考人口頭意見陳述は、同僚の消防士Dによる、亡Aの勤務状況について陳述、支部審査会委員の質疑応答を含み、同支部審査会の裁決書にも要旨が記載されている。

イ また、参与意見陳述は、当局側・職員側で、あらかじめ参与に指名されていた者が述べた、事実関係やその評価、結論についての率直な意見が記録されている。

ウ 支部審査会が、これらの意見を聴取するのは、審査の対象となった事案の具体的な事情に沿った適切妥当な判断を担保するためである。

エ これらは、支部審査会の裁決の正当性を証するための文書であり、必要があるときは、対外的に開示することが相当程度に想定された文書である。

オ 審査請求の裁決に対する取消訴訟においては、行政事件訴訟法23条の2第2項1号に基づいて、裁判所が、同基金に対し、審査請求に係る事件の記録として、釈明処分により、提出を求めることができる文書でもある。

カ したがって、マスキング部分は、文書の所持者である同基金にとって、ひたすら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であるとは認められないから、民事訴訟法220条4号ニより提出を拒むことはできない。

4 コメント

 ⑴ 地方公務員災害補償基金は、地方公務員災害補償法に基づいて設立され、地方公務員の公務災害の認定、補償、及び、社会復帰の促進等の事業を行う。

⑵ 公務災害の認定申請は、同基金支部長に対して行い、非該当の認定処分があった場合は、同基金支部審査会に対する審査請求ができる。支部審査会の裁決に不服がある場合は、その上級の審査会に再審査請求をすることもできる。

また、同支部長の非該当認定処分や、支部審査会または審査会の裁決の、取消請求訴訟を提起することもできる。

⑶ 公務災害補償以外に、使用者である地方公共団体に雇用契約上の安全配慮義務違反や不法行為の故意過失がある場合は、国家賠償法に基づいて損害賠償請求ができる。

⑷ 同訴訟では、裁判所を通じて、同基金に、支部審査会の口頭意見陳述等の記録の提出を求めることができる。

同基金の支部審査会記録が採決の正当性を担保するためであり、行政訴訟での提出も、支部審査会の裁決の正当性を担保するための文書だからであるとすると、本判決の結論とは反対に、専ら、同基金の利用に供する文書であるということにならないか。そうであれば、基金に、マスキングを付した上で提出する権限が認められたかもしれない。

文書提出命令の結果が、損害賠償請求などの裁判の決着を左右する場合もあるので、参考とすべき裁判例である。

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