東京地方裁判所 令和4(ワ)7377 特許権移転登録手続請求事件
令和6年2月8日判決
1 ポイントは何か?
Aの単独発明者性。発明者の権利の譲渡契約の成否。
2 何があったか?
東京海洋大学のC教授は、「魚の産卵に係るホルモン含有飼料」に関する発
明届出書を同大学に提出したが、同大学は同発明で特許を受ける権利の承継を
しなかった。そこでC教授は、水産事業、加工事業等を主たる事業として営む
会社であるB社に「海産の魚食性魚類の産卵誘導方法」とする発明を同社に譲
渡することとし、譲渡証書にはC、D、E、F(Cら)及びAが譲渡人として
署名押印した。
B社は、さば亜目の産卵誘導方法等についての特許権(本件特許権)を出願
し取得した。
Aは、単独の発明者であり、譲渡契約は売買契約の要素を欠き成立していな
いと主張し、B社に対し、B社が取得した本件特許権はB社による冒認出願(
特許法38条に違反し、同法123条1項2号に該当する)として、本件特許
権を特許法74条1項に基づきAに移転登録手続をするよう求めた。
Aは、予備的に契約解除し、原状回復請求権(民法541条、545条1項
、553条(いずれも平成29年法律第44号による改正前のもの))に基づ
く本件特許権の移転登録手続請求をするよう求めた。
Aは、更に予備的に、5分の1の権利についてしか譲渡は成立していないか
ら5分の4については冒認契約であると主張した。
3 裁判所は何を認めたか?
Aの敗訴。B社の権利を認めた。
本件各発明の特徴的部分は、
①人工飼育下でのGnRH(生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン)の経口投与
による産卵誘導を行う特定の魚食性魚類として、サバ亜目魚類を対象とした点
、
②産卵誘導に影響を与える環境刺激として、春産卵のサバ科魚種
(18~21度)、夏産卵のサバ科魚種(24~27度)並びに夏産卵のメカ
ジキ科及びマカジキ科(18~22度)の区分毎の産卵誘導温度を特定した点
にあるものと理解される。
本件各発明は、Cら及びAの5名を共同発明者とするものと認められ、原告
の単独発明とはいえない。
Aは、Cらと共に、平成25年3月25日、B社との間で本件譲渡契約を締
結したことが認められる。本件譲渡証書作成当時大学院修士課程に在籍してい
たAがその内容を理解せずに署名押印したとは考え難い。特許を受ける権利の
譲渡契約の性質については、当然に売買契約と考えられるものではない。
B社は、本件譲渡契約に基づき、少なくとも本件各発明に係る特許出願をす
る義務を負ったものとみられるが、それ以外の対価ないし経済的利益のB社に
よる給付が本件譲渡契約の内容に含まれることをうかがわせる事情はない。
B社は本件各発明につき特許出願し、本件特許を得たことから、本件譲渡契
約に基づく債務(ないし負担)は履行済みといえる。
4 コメント
Aの本件発明への寄与度は相当高かったと思われるが、単独の発明と主張す
るのはやや無理があったと思われる。本発明が大学の承継とはならなかったも
のの日本の漁業の発展に役立っているであろうことは誇りとすべきである。