【刑事:スーパーマーケットで食料品10点を万引した事件】

窃盗被告事件

最高裁判所第3小法廷令和3年9月7日判決

(判例時報2530号91頁、最高裁HP裁判例検索)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/562/090562_hanrei.pdf

1 ポイント

⑴ 窃盗罪の法定刑

⑵ 心神耗弱による刑の減軽

⑶ 刑事事件の上告理由

⑷ 高裁が、心神耗弱を認めた地裁判決を、事実誤認であるとして破棄し、責任能力が完全に備わっている場合の刑を言い渡す場合。

2 何があったか?

 Aが、スーパーマーケットで食料品10点を万引した。

  検察官が、Aを、窃盗罪の被告人として起訴した。

  地裁は、Aが、心身耗弱であるとして減軽し、判決を言い渡したが、検察官が、事実誤認であるとして控訴し、高裁は、地裁が取調べた証拠を調べ、地裁判決は事実誤認であるとして、責任能力が完全に備わっている場合の、通常の刑を言い渡した。

  これに対し、弁護人が、憲法違反、判例違反等を理由に上告した。

3 裁判所は何を認めたか?

⑴ 東京地裁令和2年4月3日判決

    Aは、重症の窃盗症に罹患し、その影響により、窃盗行為への衝動を抑える能力が著しく低下していた疑いがあるとして、心神耗弱者と認定し、刑を減軽し、懲役4月の刑に処した。

⑵ 東京高裁令和2年11月25日判決

    東京高裁は、Aは、犯行当時、窃盗症に罹患していたとしても、犯行状況からは、自己の行動を相当程度制御する能力を保持していたと言えるとして、完全責任能力を認め、第1審の判決は、論理則、経験則等に照らして不合理であるとして、事実誤認を理由に地裁の判決を破棄自判し(判決を破棄した事件を、地裁に差し戻さず、高裁が自ら判決すること)、Aを懲役10月に処した。

⑶ 最高裁第3小法廷令和3年9月7日判決

    最高裁は、弁護人の主張する、憲法違反、判例違反等の上告理由の主張を認めなかった。

しかし、職権調査し、東京高裁判決は、刑事訴訟法400条ただし書きに違反し、何ら事実の取調べをすることなく、訴訟記録及び地裁において取調べた証拠のみによって、破棄自判したとして、東京高裁判決を破棄し、事件を東京高裁に差し戻した。

4 コメント

⑴ 窃盗罪の法定刑は、10年以下の懲役または50万円以下の罰金である。東京高裁の判決の懲役10月は、この範囲内で量刑された宣告刑である。食料品10点の万引きに科される刑は、通常、この程度であろう。

しかし、もし、Aに前科がなく、現行犯逮捕され、あるいは、自首し、商品がそのまま返されている場合や、示談が成立して減刑嘆願書も書いてもらえた場合など、執行猶予が付くこともある。

⑵ 窃盗症などの精神疾患があり、心神耗弱により法定刑が減軽されると、処断刑は5年以下の懲役または25万円以下の罰金となる。東京地裁の判決の懲役4月は、このように減軽された刑の範囲内で量刑された宣告刑である。

Aが実刑となったのは、前科もあったからだろう。

心神喪失状態で、責任能力が全くない場合は、無罪判決が下される。しかし、窃盗症であるから、精神保健福祉法に基づく任意入院、医療保護入院、措置入院などが必要となることも考えられる。弁護人は、Aが、起訴される前に、被害者との示談を申出るとともに、精神保健福祉法上の任意入院を決意して、検察官と、起訴保留での釈放の交渉をした可能性もある。それもうまくいかなかったので、起訴となったのであろう。

殺人、放火、強盗などの重大他害犯罪の場合は、医療観察法による入通院措置のための審判手続の対象になる。

⑶ 刑事事件の上告理由は、憲法違反、憲法解釈の誤り、最高裁判例違反、ないし、最高裁判例がない場合に、大審院判例等の違反、法律解釈の重要な誤り等である(刑事訴訟法405条、406条)。

⑷ 高裁が原判決を破棄するときは、地裁に差し戻すことを原則とし(刑事訴訟法400条本文)、高裁が、訴訟記録、原裁判所並びに高裁が取調べた証拠によって自判することもできる(同条ただし書き)。

しかし、Aの弁護人も、東京高裁が、訴訟記録及び地裁が取調べた証拠だけで自判し、同条ただし書きに違反しているとは主張しなかったようである。

私も、高裁での証拠の取り調べとは、場合によっては、高裁が、地裁の取調べた証拠を調べることで足りると考えるのは、常識的であると思う。しかし、この常識は通用しないようである。条文の文言から、高裁が取り調べた証拠とは、それでは足らず、地裁の取調べとは別に、高裁が直接事実を取調べた証拠がなければならないということである。たとえば、同じ証人を2度尋問することになる場合もあるだろう。

   しかし、有罪か無罪かという結論が正しいか否かだけではなく、手続面が、法律が定めた通り、正しいかどうかということにも注意して、手続的正義をも実現する弁護活動をしなければならないことを示した裁判事例であり、参考になる。

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