【刑事:帝銀事件の第17次再審請求の決定書】

帝銀事件第17次再審請求

東京高裁昭和56年(お)第1号

申立 昭和56年1月19日

決定 昭和61年9月10日 棄却

(年表のリンク)

https://www.gasho.net/teigin-case/jiken/nenpu.htm

(決定書)

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(確定判決)

強盗殺人、同未遂、殺人予備、私文書偽造、偽造私文書行使、詐欺、詐欺未遂

最高裁 昭和30年4月6日 大法廷判決(上告棄却)

(刑集 第9巻4号663頁)

東京高裁 昭和26年9月29日 判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/648/055648_hanrei.pdf

1 ポイントは何か?

⑴ 犯行態様

⑵ アリバイ

⑶ 被害者供述

⑷ 自白調書

⑸ 真犯人

⑹ 鑑定

2 何があったか?

帝銀事件は、1948年(昭和23年)1月26日、帝国銀行椎名町支店で発生し、12人を毒殺した強盗殺人事件である。

犯人は、現金16万4410円及び額面1万7450円の小切手1通を奪って立ち去った。

小切手1通は、翌日、安田銀行板橋支店で現金化されている。

松井名刺関係(後述)から、請求人(平沢貞通)が犯人として浮かび上がった。

3 確定判決と再審弁護団の主張

⑴ 犯行態様

   死刑の確定判決では、犯人は、16人の行員に青酸カリを5CCずつ飲ませたと認定されている。

   再審請求の弁護団は、ピペットやスポイトでは、5CCずつ配分することは不可能であると主張した。

⑵ アリバイ

   確定判決では、犯人は午後3時20分頃、銀行支店に来て、犯行後、40分ないし45分頃立ち去ったと認定しているようである。

再審事件の弁護団は、請求人が池袋駅に着いた時刻、帝銀椎名町支店までの道路のぬかるみ、犯人が犯行現場に現われた時刻、犯行所要時間、犯人が現場から立ち去った時刻などから、請求人にはアリバイがあると主張した。

⑶ 被害者供述

   確定判決では、生存被害者は全員、請求人が犯人と同一ないし似ていると証言していた(後述)。

弁護団は、命を取り留めた被害者の一人が、請求人は犯人とは違うと認めたことを新たな証拠として提出した。

⑷ 自白調書

   確定判決は、請求人の自白調書を有罪の証拠の一つとして採用した。

弁護団は、犯人が有していた松井名刺(後述)の裏に書かれた住所と、その文字を消した人が誰かが、自白調書と異なる新聞記者の取材事実を証拠として提出し、自白調書に信用性がないと主張した。

⑸ 真犯人

   弁護団は、真犯人は、旧陸軍満731部隊関係者であると主張した。

⑹ 鑑定

確定判決は、内村祐之・吉益脩夫鑑定書を根拠として請求人の自白の信用性を認めた。

弁護団は、

①同鑑定書は、請求人が自白当時、催眠術にかけられ、催眠状態であったことを否定するものであるが、催眠類似状態であったことまでも否定する誤りを犯している。

②請求人が空想的虚言症であるなどと人格的非難を加えつつ、自白の真実性を認めようとする綱渡り的論理をもてあそんでいる。

③橘麻帆・塚崎直樹鑑定書により、内村・吉益鑑定書は全く成り立たないことが明らかとなった。

  などと主張した。

3 裁判所は何を認めたか?

東京高裁は、再審請求を棄却した。

再審請求は認められなかった。

⑴ 犯行

裁判所は、スポイドだけでなく、壜からも各湯呑などの容器に、直接配分したとして、再審弁護団の主張を排斥した。

⑵ アリバイ

    弁護団の主張は、請求人の足取りを正しく再現したとは言えないとして斥けた。

⑶ 被害者供述

   同被害者は、確定判決の1・2審でも同旨の証言をしており、新規性がないとして斥けた。

⑷ 自白調書

   すでに昭和37年の再審で主張されており、再度再審の原由(もとづくところ?)として提出できないとして斥けた。

⑸ 真犯人

  再審弁護団が提出した証拠書類等について、

① 元警視庁捜査二課員成瀬英雄は、諏訪中佐を直接捜査したことはなく、帝銀事件との具体的なつながりは一切明らかではない。

② GHQの命令で、旧陸軍満731部隊関係者の捜索が打ち切られたという証拠は一切ない。旧陸軍化学研究所毒物班責任者証人伴繁雄の尋問調書等により、帝銀事件で用いられた毒物は、旧陸軍で秘密裏に開発された「アセトンチアンヒドリン」ではないことが立証されている。

③安田銀行荏原支店事件において、犯人が言及した進駐軍将校の名前について、請求人は思い付きで適当な名前をいったと供述しているので、請求人がGHQと関係がなく、パーカー中尉を知らなくても差し支えがない。

④「帝銀毒殺事件捜査協力方に就いて(三)」と題する書面は、警視庁刑事部長名義でGHQあてに参考送付されたものと考えられるが、新規性がない。

としていずれも斥けた。

⑹ 鑑定

  ①の催眠状態を否定する誤りについては、請求人の「催眠術にかけられた」との主張は、「被暗示性が亢進し、意思の自由の減弱した状態」を言うとは解されないとし、弁護団の主張は前提を欠くとして斥けた。

  ②の自白の真実性については、内村・吉益鑑定を除外しても十分に認めることができるとし、次のような事実をあげている。

   ア 「厚生技官医学博士松井蔚」の名刺(本書で、「松井名刺」という。)は昭和22年3月25日に100枚印刷されているが、安田銀行荏原支店事件(1947年(昭和22年)10月14日発生)で1枚遺留されており、請求人はそれ以前に1枚受領しているが、逮捕時、それを持っていなかった。

   イ 帝銀事件で強奪された小切手の裏の住所の筆跡と請求人の筆跡の照合について、同一である、酷似点はあるが断定し難い、七分は同一などの各鑑定書があり、両筆跡は一致する蓋然性が高い。

   ウ 三菱銀行中井支店事件(1948年(昭和23年)1月19日発生)で、犯人が使用した山口名刺の注文者が請求人と「だいたい同じような感じのする男だった」との目撃証言がある。

   エ 安田銀行荏原支店事件及び三菱銀行中井支店事件の犯人の目撃者は、請求人と同一人である(3人)、よく似ている(9人)、似ている⁽12人)などと証言している。帝銀事件の犯人の目撃者は、請求人と同一人である(2人)、非常によく似ている(1人)、似ている⁽1人)、当日午後3時45分に近い頃、帝銀支店から出てきた男は六.七分くらい請求人に似ている(1人)等と証言している。

そのほか、3人の支店長及び安田銀行支店に立ち寄った警察官1人が、請求人と犯人の同一性を確認している。

   オ 安田銀行板橋支店の係員はその小切手で金を取りに来た人と請求人とは、「上の方は帽子を真深にかぶっていたのでわからないが、鼻から下や声など全体的に見て似ている」と供述している。

   カ 帝銀事件発生の3日後、請求人は、東京銀行に林輝一名義で現金8万円をチェーン預金し(一括でなく分散預金か?)、そのころ妻にも現金合計5万4~5000円位を渡し、さらにそのころ伊豆、北海道方面に旅行し費用を支出している。請求人は、これらの金の入手先を明らかにすることができない。

そして、かっこ書きで、次のように判示している。

(入手先の点を別にしても、請求人は、昭和22年9月から昭和23年1月ころまで、画のうの中に現金20万円位を入れており、前記の現金はこの画のうの金の中から出した旨供述しているところ、請求人はそのころ確定判決の第一の冒頭に判示しているように、経済的に極めて困窮した状態にあり、昭和22年11月ないし12月には確定判決第二の一の詐欺、同二の(一)ないし(三)の私文書偽造、同行使、詐欺未遂及び詐欺の犯行に及んだ程であって、帝銀事件犯行前のそのころ請求人が20万円もの現金を所持していたとは考えられない。この点については、請求人の妻マサや二男暸、長女静、三女子すら、そのころ請求人が10万円又は何十万円という現金を持っていたとは考えられない旨供述している。)

4 コメント

平成4年12月29日及び30日に、NHKが特別シリーズ未解決事件第9弾として、「松本清張と帝銀事件」を放送し、私は、30日に放送された「第2部 ドキュメンタリー「74年目の真実」」をヴィデオ録画で見ました。

第20回目の再審請求事件の弁護団の一瀬敬一郎弁護士は、研修所の同期の弁護士でもあり、私と同じで、もう歳もとっていますが、がんばっているなと思いました。

再審事件は、請求人側が提出できる主張が、新規かつ明確な証拠によるもののみに限定された手続きであり、将棋でいうと、請求人側が飛車角落ちで闘うようなものです。碁でいうと、相手に4つ石を置かせて闘うようなものです。

裁判官は、それ以上のプロですから、このように手足を縛られた弁護人が、めったに勝つことなどできません。しかし、そのような闘いだからこそ、最高の能力を持った弁護士たちが、苦しみながら考え抜いて、最善手を打つ様子がうかがえるのであり、その結果いかんにかかわらず、私たちにとって、本当に勉強になるのです。

そこで、私も、帝銀事件の確定判決や再審事件の決定を読みたいと思い、ネットで検索してみましたが、17次再審請求の棄却決定が見つかりました。本要約は、これだけを見てまとめてみました。

私が、大阪修習のとき、まだ元気で活動しておられた和島岩吉弁護士も、当時の弁護団のメンバーに名前を連ねておられました。

しかし、この決定は、読めば読むほど、裁判所は、このように決定するほかなかったろうという印象とともに、実際におきた帝銀事件の真相なるものが、わからなくなります。

えん罪というものは、疑われる要素が多ければ多いほど、発生しやすいともいえるでしょう。

NHKの特別シリーズで、新しい平沢貞通の取調べ映像や、捜査官の膨大なメモなどが発見されたと紹介されていましたが、再審制度の立証のむずかしさを考えると、これだけでは、まだ確定判決を覆すのは難しいだろうと感じました。

えん罪をふせぐためには、まだ無罪推定がはたらいている、確定判決に至るまでの活動が大切であることを、改めて考えさせられました。

ネットの検索で、死刑の確定判決は、あとで最高裁の判決が見つかりましたが、高裁判決は、まだ見つけることができません。私は、遅ればせながら、図書館で、刑集第9巻4号663頁を探して、東京高裁昭和26年9月29日判決や第1審の判決を読み、松本清張の「小説帝銀事件」を読んで見たいと思います。

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