損害賠償請求事件
名古屋地方裁判所 令和4年8月26日判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/496/091496_hanrei.pdf
1 ポイントは何か?
⑴ 労災給付の請求と労基署調査官による業務起因性の調査
⑵ 会社の安全配慮義務違反と損害賠償責任
⑶ 過失相殺及び素因減額
⑷ 損害額
⑸ 労災給付は、会社の損害賠償から控除すべきか。
2 何があったか?
⑴ 労働災害の発生
Y社の従業員D(当時57歳)が、某日(平成26年6月以前)、Y社の幹部の視察出張に同行して移動中のマイクロバスの中で、解離性大動脈瘤を原因とする急性心筋梗塞により死亡した。
⑵ 相続人
Dには、妻A、長男B及び長女Cがいた。
⑶ 労災給付の申請
Aが、S労働基準監督署に、労働者災害補償保険法に基づく遺族年金給付及び葬祭料の給付申請をした。
⑷ 労基署調査官の調査
労基署調査官は、業務起因性の調査において、亡Dの労働時間、休憩時間等について、一定の基準を決めて集計した。そして、Dの発症前6か月間の労働時間を算定した。
⑸ 労働基準監督署の労災認定及び支給決定
S労働基準監督署は、発症前2か月の1か月あたり平均時間外労働時間が80時間を超えていること、拘束時間はいずれも290時間を超えていること、発症前1か月以内である平成25年11月29日に往復8時間の日帰り出張をしているので、著しい疲労の蓄積をもたらす加重な業務に就労していたと認め、亡Dの死亡は業務に起因するものであると認定した。
平成26年6月30日、労働基準監督署長が、労災給付の支給を決定した。
⑹ 認定基準
厚生労働省の「血管病変等を著しく憎悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」がある。
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000832042.pdf
これには、労働時間の評価の②として、「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。ここでいう時間外労働時間数は、1週間当たり40時間を超えて労働した時間数である。」とある。
また、その水準に近いが、至らない場合には、負荷要因を考慮すべきことが定められている。
⑺ 会社に対する損害賠償請求
A、B及びCが、名古屋地裁に、Y社を被告として、安全配慮義務違反による損害賠償請求訴訟を提起した。
3 裁判所は何を認めたか?
Aらが勝訴。
認容額は、Aに対し、2837万1572円、B及びCに対し、各1418万5785円
遅延損害金は、令和2年3月28日から支払済まで、年5分(平成29年法律第44号による改正前のもの)の割合による金員。
⑴ 労働時間の評価、負荷要因、因果関係の有無
裁判所は、労働基準監督署の認定した労働時間にいくつか具体的修正を加え、Dの時間外労働時間数を、次の通り認定した。
なお、タイムカードの打刻のない場合や、出張日等、日ごとの、非常に細かな認定となっている。
発症前1か月目 69時間59分
同 2か月目 81時間06分
同 3か月目 46時間00分
同 4か月目 51時間01分
同 5か月目 44時間39分
同 6か月目 60時間15分
これは厚生労働省の認定基準の労働時間の評価の②の水準には至らないが、それ以外の付加要因の綜合的評価により、Dの死亡と業務との間に因果関係を認めるのが相当であるとした。
⑵ 安全配慮義務の有無
使用者は、業務の遂行に伴う疲労や心理的負担が過度に蓄積して、労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負う(最高裁平成12年3月24日第2小法廷判決、民衆54巻3号1155頁)。Yは、Dが長時間勤務を行い、毎月数時間連続して出張を繰り返すなどして、疲労を蓄積させ、心身の健康を損なうことがないように業務量の配分を見直すなどの注意をする義務があり、これを怠ったと認めることができる。したがって、Yは、Dに対して、債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
⑶ 過失相殺及び素因減額の要否
労働者は、使用者から定められた業務を軽減するように求めることが容易ではないといえるから、特別の事情がない限り、使用者に対し業務軽減を求めなかったことについて、労働者に過失があったと認めるのは相当とはいえない。
また、部下を含む他の従業員にもそれぞれ担当の業務があることから、無条件に部下に仕事を割り振ることはできないので、部下に業務を任せなかったからといって、Dに過失があったともいえない。
Dには、軽度の血液脂質異常はあったが、疾病と評価されるものではない。
胃腫瘍は解離性大動脈瘤の発症要因となるものではない。
受診しても、解離性大動脈剥離の発症を防ぐことがⓕできたかは明らかではない。
したがって、本件において、過失相殺を適用し、又は素因減額として過失相殺の規定を類する適用することはできない。
⑷ 損害額の算定
① 逸失利益 4387万6901円
基礎年収は、災害前3か月の給与及び賞与2回分から算出した平均日額×365日による。これに就労可能年数10年のライプニッツ係数を乗じ、生活費控除率30%として計算。
② 慰謝料 3000万円
Dが一家の支柱であること、Yは、Dの名誉を害し、遺族の心情を逆なでする主張を繰り返したことを考慮した。
③ 損益相殺
調査嘱託の結果によると、Aは、平成26年7月から同4年2月までに、労災保険金として、次の通り受給した。それぞれの下に、損益相殺の対象になるか否かを記載する。
ア 葬祭料 111万1920円
葬儀費用にあてられるものであり、本件損害賠償請求訴訟では、Aらは、葬儀費用の請求をしていないから、損益相殺の対象にならない。
イ 遺族補償年金 2229万3759円
損益相殺として、損害額から控除する。
ウ 遺族特別支給金 300万円
労働者の損害を填補する性質を有するということはできないから、損益相殺の対象として、損害額から控除することはできない(最高裁平成8年2月23日第2小法廷判決、民集50巻2号24頁)。
エ 遺族特別年金 530万9345円
同上。
④ 相続
Aが2分の1、B及びCが各4分の1
⑤ 弁護士費用 1割
4 コメント
労働者は、そして使用者も、労働時間の算定、及び、記録に、日ごろから注意しておく必要がある。
労働災害の場合、労災保険給付がなされても、安全配慮義務に違反した使用者には、損害賠償義務が課せられる。その場合、使用者が義務としてかけていた労災補償といえども、損害の填補を目的としない費目については、使用者の損害賠償義務から控除されない。
交通事故にも自賠責保険と任意保険があるように、労災にも任意の上乗せ保険がある。
労働者は、使用者に対し、加重労働の軽減を求めにくいとされているが、自分の身体を守ることは、何よりも大切である。使用者に対して負う義務としてではなく、自分自身に対する義務とこころがけるべきである。
使用者は、労働者から、加重労働の軽減を求められた場合は、迅速、冷静に対処すべきである。そのことを労働者の能力の評価にリンクさせてはならない。
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