【刑事事件:昭和48年大洋デパート火災事件】

1 ポイントは何か?

本件は、昭和48年大洋デパート火災事件であり、死者103人、負傷者121人を出し、人事部長、売り場第3課長(3階火元責任者)、営繕部営繕課課員(防火管理者)の3名とも無罪となった。ともに起訴されたオーナー社長は第1審公判前に死亡し、常務取締役は同公判中に死去した。

2 何があったか?

  A社が所有し管理するB店の店舗本館は、地下1階、地上7階、塔屋4階建の建物で、総床面積は19,074㎡あった。

店舗本館は消防法上の防火対象物件、消火対象物件であり、店舗本館には、非常警報装置、避難器具などなく、消防計画の届出もなく、消火、通報、避難訓練など行われていなかった。

社長Hは、消防署から注意を受けて、昭和47年12月15日に営繕部営繕課課員Gを防火管理者として届けた。

昭和48年11月29日午後1時10分にC号会談の2階から3階への上り口で原因不明の火災が発生した。店舗本館の北側に増築するために、北側避難階段は撤去されていた。

同20分にKら3名の営業課職員が出火を発見し、同21分に3階呉服売場にいた第3営業課長Fに通報し、Fはまず消火器での消火を指示し、次に防火シャッターの閉鎖を指示したが、同21分には階段室の出火が3階店内に延焼し、さらに上階に延焼してほぼ全焼し、同日午後9時19分に鎮火した。

店舗本館から逃げ遅れた104名が死亡し、67名が火傷などの傷害を負った。 

3 裁判所は何を認めたか?

  人事部長E、売り場第3課長F(3階火元責任者)、空調課員G(防火管理者)の3名とも無罪。

  社長H及び常務取締役Iも共同被告人として起訴されていたが、Hは第1審の公判前に死亡し、Iは同公判中に死亡した。社長Hは、消防法上の管理権原者、関係者(所有者、管理者、占有者)であり、A社の株式のほとんどを保有し、防火、防災を含め、A社のすべてを取り仕切っていた。

  人事部長Eは、取締役でもあったが、防火管理者ではなく、消防計画の作成や避難訓練等の責任を負っていなかった。 

  売り場第3課長Fは、3階火元責任者ではあったが、火元を管理する責任のみで、部防火や消火の責任を負ってはいなかった。初期消火及び延焼防止においても、消化器を使う前に防火シャッターを閉鎖しておれば延焼を防止できた可能性もないとは言えないが、通報を受けて1分間のうちに店内に延焼したのであるから、Fの注意義務違反による過失を認めることはできない。

空調課員Gは防火管理者であるが、防火管理者の任務を遂行できる権限のある役職にいたわけではなく、防火管理者としての注意義務を課することはできない。

4 コメント

  社長Hが判決に至るまで存命であれば、一身に注意義務違反の責任を負うことになったと考えられる。社長は消防法上の防火権原者、関係者として、防火、消火対象物にふさわしい防火、消火システムを構築する義務があった。

  次に、火災の損害賠償責任や保険の関係の裁判例を調べてみたいと思う。 

 

判例

昭和63(あ)1064  業務上過失致死傷

平成3年11月14日  最高裁判所第一小法廷

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