【在留資格:来日し、反戦運動にも参加した米国人の在留期間延長が認められなかった事件】

1 ポイントは何か?

  本件は、外国人が、法務大臣に在留期間の延長を求め、不許可処分となり、裁判所に処分取消しを求めたが、敗訴した事件である。

2 何があったカ?

Aは、アメリカ合衆国国籍を有し、昭和44年4月21日在韓国日本大使館発行の査証を受け、同年5月10日、下関入国管理事務所入国審査官から出入国管理令4条1項16号、特定の在留資格及びその在留期間を定める省令1項3号に該当する者としての 在留資格をもつて在留期間を1年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸した。

Aは、昭和45年8月10日に120日間の在留期間更新許可処分を受けた。更に、同年8月27日に国(法務大臣)に対し、同年9月8日から一年間の在留期間の更新を申請したところ、同年9月5日付で、右更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものとはいえないとして右更新を許可しな いとの処分をした。

Aは、国に対し、不許可処分を取消し許可するよう求めた。

なお、Aは、国内の語学学校教師の職を他の語学学校に転職し、外国人ベ平連に参加して反戦運動を行ない、ロジャース国務長官の来日反対運動などにも参加した。

3 裁判所は何を認めたか?

   A敗訴。

「憲法22条1項は、日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどまり、外国人がわが国に入国することについてはなんら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくするものと解される( 最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻 6号1663頁参照)。」

「法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたっては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立つて、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・ 経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情をしんしゃくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければとうてい適切な結果を期待することができないものと考えられる。」

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  本件判例は、東京高等裁判所令和4(行コ)294事件で引用された。

判例

昭和50(行ツ)120  在留期間更新不許可処分取消
昭和53年10月4日  最高裁判所大法廷  判決  棄却  東京高等裁判所