1 ポイントは何か?
昭和22年に制定された労働基準法は、人たるに値する最低限度の労働条件を定め、かつさらなる向上を目指すことを求めている(第1条)。賃金全額払いの原則(24条1項本文)、賃金と前借金の相殺の禁止(17条)もそうである。本件は、労働者が会社を退職するに際し、退職金全額を放棄する確認書に署名したことが有効な意思表示と言えるかが争われた事件である。最高裁判訴は、東京高等裁判所の、当該労働者が経費の使途に疑惑を持たれた額を填補し、競争関係にある他社にスムーズに転職する為であったという事実認定を前提に、合理的理由が客観的に存在しており有効な意思表示であると認定した。色川幸太郎最高裁判事の反対意見がある。
2 何があったか?
Aは、B社の事業の西日本方面の総責任者の地位にあった。Aは、B社と一部競争関係にあるC社に就職するためにB社を退職した。B社の就業規則で計算するとAの退職金は408万2000円であった。しかし、Aは、B社で、部下の旅費の使途に疑惑がもたれていた。B社はAに対し、「AはB社にいかなる請求権もないことを確認する」との内容の確認書への署名を求め、Aはこれに応じて署名した。
Aは、B社に対し、確認書への署名は無効であると主張して、退職金を請求した。
3 裁判所は何を認めたか?
Aが敗訴した。
東京高等裁判所は、退職金は賃金の後払いであると認めたが、いわゆる賃金の全額払いの原則や相殺禁止の適用があるのは、会社の指揮命令下にある間であり、退職に際しないし退職後においては労働者の自由な意思に基づいて放棄することもできるとした。
最高裁判所は、東京高等裁判所が認定した事実関係によれば、Aがその自由な意思で退職金を放棄した合理的理由が客観的に存在すると認定した。
色川幸太郎最高裁裁判官の反対意見がある。いわゆる賃金の全額払いの原則や前借金と賃金の相殺の禁止については罰則の規定もあり(117条~121条)、退職に際しないし退職後の退職金放棄が労働者の自由な意思に基づくと認めるための合理的な理由の客観的存在については強い証明が必要であるとする。そして、東京高等裁判所の事実認定には、退職金を放棄した合理的理由が客観的に存在したとの証明はなく、破棄を免れないとした。
4 コメント
色川幸太郎最高裁判事の反対意見の示唆するところをよく考えたいと思う。
労働基準法上の罰則規定(117条~121条)は、親告罪ではないので、労働者の意思に関係なく処罰の対象となる。そうすると労働者が、退職金を放棄する意思表示は、たとえその自由な意思に基づくものであったとしても、会社の指揮命令下にある時のみならず退職に際してあるいはその後においても、17条や24条1項本文に照らして当然に無効と言えないか。
判例
昭和44(オ)1073 退職金請求
昭和48年1月19日 最高裁判所第二小法廷 判決 棄却 東京高等裁判所
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