【労働事件、破産事件:破産管財人が、破産した労働者と元勤務先会社の間の退職金及び未払い給与の相殺合意ないし天引き依頼に対し否認権を行使できるかが問題となった事件】

1 ポイントは何か?

  労働者の生活を守るために、退職金や未払い給与からの財形借入金や、銀行や労働金庫の借入金返済費用前払請求権(民法649条、受任者による費用の前払い請求権)の天引きが有効であるかの判断はとくに慎重でなければならない。本件は、破産管財人が、破産した労働者の退職金や未払い給与の相殺ないし相殺契約に対し否認権を行使しようとしたが、同相殺ないし相殺契約には労働者の自由な意思に基づく同意があると認められる合理的な理由が客観的に存在するとして、否認権の行使認められなかった事件である。

2 何があったか?

  B1が、住宅購入資金として、勤務先B2会社から財形借入れ、C銀行から住宅ローンの借入れ、D労働組合を通じて労働金庫から住宅ローンの借入れをし、B2会社に毎月の給与から返済金を天引きして支払うよう依頼し、退職する際には退職金で一括返済することを合意していた。B1会社とD労働組合の労働協約においても、そのような慣行を認めていた。

  B1が交際費等のために巨額の負債を作り、B2会社を退職し、自己破産の申立てをし、裁判所は破産管財人Iを選任した。

  B2会社は、B1の退職に基づき、B1の退職金及び未払い給与で。B2会社及びC銀行への返済金並びにH労働金庫等への返済金のD労働組合への交付等の処理をし、B1もこれを確認した。

  破産管財人Iが、B1及びB2会社を被告として、労働基準法24条1項本文に基づき、これらの退職金及び未払い給与からの相殺や天引き等の処理は無効であるとして、否認権を行使した(現在の破産法の規定では160条)。

3 裁判所は何を認めたか?

  破産管財人Iの敗訴。

同相殺ないし相殺契約には労働者の自由な意思に基づく同意があると認められる合理的な理由が客観的に存在するとした。

4 コメント

  労働基準法24条1項本文のいわゆる賃金全額支払いの原則(退職金は賃金の後払いであるから、退職金にも適用される。)は、労働者の最低限度の生活を守るためであるが、破産手続においては、そのことがもはや問題にはならないのではないか。そうすると、破産管財人の否認権行使が認められてもよかったと言える。

  しかし、労働者が破産すると、労働者の債権者が、一種の債権質である給与や退職金からの天引き権を失うことになると、労働者が、そのような処理を前提とした財形ないし銀行、労働金庫等からの貸し付けを受けることが困難になり、労働者福祉に反する可能性もある。

難しい問題だ。

判例

昭和63(オ)4  退職金等、同請求参加

平成2年11月26日  最高裁判所第二小法廷  判決  棄却  大阪高等裁判所  

会社とのトラブルでお悩みの方

残業代の未払いやトラブルに直面している方、未払い残業代に関する疑問や不安をお持ちの方、退職、休業、解雇といったトラブル時の時間外労働に関する証拠集めや、法的に正しい残業代を請求する方法、請求できる残業代を正確に計算するアドバイス、さらには会社との交渉のサポートも川崎市の恵崎法律事務所にご相談ください。あなたの権利を守りましょう。