【刑事事件:暴力団員が配下の組員を自分の身代わり犯人にした事件】

最高裁判所第一小法廷  昭和60(あ)203  道路交通法違反、犯人隠避教唆
 昭和60年7月3日決定(原審、名古屋高等裁判所)

1 ポイントは何か?


他人を自己の犯行の身代わり犯人に仕立て上げる(以下、「自己隠避教唆」と
いう。)の可罰性。

2 何があったか?


暴力団員である被告人Aが自己の犯した道路交通法違反事件につ いて配下の
組員Bに命じてその者を自己の身代わり犯人に仕立てあげた。
検察官は、Aを道路交通法違反、犯人隠避教唆で起訴した。

3 裁判所は何を認めたか?


Aは道路交通法違反、犯人隠避教唆罪のいずれも有罪とした。
犯人が他人を教唆して自己を隠避させたときに(以下、刑法103条の犯
人隠避罪の教唆犯の成立を認めることは、当裁判所の判例である(最高裁昭和
35年(あ)第98号同年7月18日第二小法廷決定)。
 (裁判官谷口正孝の反対意見)
 Aは道路交通法違反のみ有罪。自己隠避教唆は、大審院判例に、➀責任論か
ら、犯人自身による自己隠避の場合には定型的に期待可能性がないが、自己隠
避教唆の場合にはそうとはいえないとする説や、➁教唆犯には、犯行の教唆だ
けでなく、新たな犯罪人をつくり出すという反社会性もあるという二重の違法
論から可罰性を肯定しており、最高裁判例もそうと思われる。しかし、刑法
61条の教唆犯の法意として、正犯として不可罰な行為は、共犯としてした場
合であつても原則として不可罰であるというべきであるし、同103条の主体
と客体は別人であるべきこと、対向的必要的共同正犯の一方の関与行為者のみ
を処罰している場合と同様である。Aの卑劣さは、有罪である道路交通法違反
罪の悪しき情状として考慮すれば足りる。

4 コメント


谷口反対意見を是としつつ、不可罰とする行為を他の事件の悪情状に加えて隠
れた処罰をすることを認めてはならない。この点で、不徹底な議論であると思
う。

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